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広島高等裁判所 昭和50年(う)268号 判決

本店の所在地

山口県下松市大字平田三八七番地の一

法人の名称

金井金属工業株式会社

代表者代表取締役社長

金井義光

本籍並びに住居

山口県下松市大字平田三八七番地の一

会社役員

金井一成

昭和一三年九月二二日生

右両名に対する法人税法違反各被告事件について、昭和五〇年一一月一七日山口地方裁判所が言い渡した有罪の判決に対し、被告人金井金属工業株式会社代表取締役金井義光及び被告人金井一成からそれぞれ適法な控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人小野実作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、広島高等検察庁検察官検事稲垣久一郎作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

所論は原判決の量刑を非難し、犯情に照らし被告人金井金属工業株式会社(以下被告人会社という。)に対しては罰金額の減額又は刑の執行猶予を、被告人金井一成に対してはさらに寛大な処罰を求めるというにある。

そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて所論の当否について検討するに、本件の事実関係は原判決の認定判示するとおりであって、一般鋼材の加工販売、製鋼原料の売買、倉庫業等を営業内容とする被告人会社の専務取締役として、同社の業務全般を統轄していた被告人金井一成が、同社の昭和四七年一一月一日から昭和四八年一〇月三一日までの事業年度において約一億二千万円余の利益が見込まれたため、法人税を免れようと企てて、同社代表取締役社長金井義光及び同社常務取締役金井貞子と共謀して、同社の期末の棚卸商品を公表帳簿から除外したり、売上金を除外し、次期事業年度分として計上すべき仕入金額を当期事業年度の仕入金額に仮装して公表帳簿に計上するなどの不正手段によりその所得を秘匿し、同事業年度の課税標準額が一億三、七〇八万一、二二二円で、これに対する法人税額は四、七九三万二、八〇〇円であるのに、所轄税務署長に対し、課税標準額が四、八三二万九、四二二円で、これに対する法人税額は一、五三五万八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出して、右事業年度の法人税額三二五八万二〇〇〇円を免れたという事案である。このような本件犯罪の性質、動機、態様、脱税額などに照らすと、被告人らの責任は所論のように軽視することはできず、被告人会社の経営状態、脱税の動機、脱税額及び加算税等を完納していることなど所論の指摘する諸点を被告人らに十分有利に斟酌しでみても、被告人会社を罰金六〇〇万円(求刑罰金八〇〇万円)に処し、被告人金井一成を求刑どおり懲役六月に処したうえ二年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑はやむを得ないところであり、重きに失し不当であるとはいえず、本件が被告人会社に対し罰金刑の執行を猶予すべき事案とも考えられない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

検事 稲垣久一郎 公判出席

(裁判長裁判官 宮脇辰雄 裁判官 岡田勝一郎 裁判官 横山武男)

昭和五〇年(う)第二六八号

控訴趣意書

法人税法違反 被告人 金井金属工業株式会社

外一名

右被告事件について控訴趣意書を提出する。

昭和五一年一月一六日

右弁護人 小野実

広島高等裁判所第一部 御中

本件は量刑不当を理由として控訴したものであるが、その理由左のとおりである。

一、金井金属工業(株)と被告金井一成の関係

金井金属工業(株)は昭和四四年九月二七日資本金四五〇万円にて設立されたが、その設立までは、金井金属として、金井義光個人が経営していたものであり、これを株式会社として発足せしめたに過ぎない零細企業であるので、資本金も僅かであるが株式も義光が五〇パーセント、義光の養子である被告一成が二五パーセント、妻貞子が一〇パーセント、義光の長女であり右一成の妻道子が五パーセント、残り一〇パーセントを親族が所有している同族会社であり、義光夫婦、一成夫婦はいずれも所謂会社重役ということになったが、義光、一成は現実に現業に従事し、女房族も事務を担当し一家挙げての事業経営である。その目的は、一般鋼材販売、加工等であり、その后昭和四六年四月増資して、資本金を九〇〇万円にしたが、依然として小企業の域を脱していない。被告一成は義光の養子であり、専務取締役であるが、社長である義光が病弱なため、会社経営の全般を統括している。

二、脱税の動機、その他

鉄は基幹産業であるだけに、世界的な経済の影響をまともに受けるものであり、鉄工業界においては、不況は永く、好況は短しというのが通例である。金井金属が会社組織になってから、昭和四七年度の事業年度までは、赤字決算が続いていたことを認めている。昭和四四年九月に会社が設立されてから、一家挙げて、業務に精励して、尚欠損を招かざるを得ない不況が続いたのである。赤字決算をすれば、銀行融資に支障を生じ、事業に破綻を生ずるので、故らに利益を粉飾し、そのために、法人税を納付しなければならぬとしても、尚利益を生じたような決算をしなければならぬ状態が続いたのである。偶、昭和四七年一一月一日からの一年間は、田中内閣の日本列島改造の強調と低金利政策、金融緩和による、土地造成売買、建築工事に異常なブームが起り、鉄工業界に稀有の好況が訪れたことは周知のとおりである。原審の検察官も当時の狂乱物価を反映したことを冒頭陳述にて認めている。この稀有の好況も石油ショックによって、打上げ花火のように瞬時にて消失し、現在の深酷な不況が再来したことも、顕著な事実である。このように鉄工業界においては、不況が永く且その影響も深酷である。偶然に好況が訪れても、その期間は短かいので事業経営は困難を極めるものである。被告人一成はその経験者として、偶然に訪れた好況時の会社収益によって、過去の損失を補充し、将来の不況に備えようと苦肉の策を講じようとしたことが、本件法人税の脱税につながることとなったものである。昭和四八年一一月に仕入れた鋼材、九二八万円余を同年一〇月に仕入れた如く、架空計上した如きは若し仮りに事業年度一年を二年とした場合、初めの一年の収益は、その次の一年の欠損によって、場合により法人税は僅かに止まるか、支払わないで済んだかもしれない。昨年度の法人税は全国的な好況に支えられて、増収となったが、本年度は法人税の落ち込みが大きいので、国の財政にも危機が叫ばれている。個人的な零細企業においては、国の政策によって、いくら懸命に事業に精励しても、赤字は補てんされず、黒字は税として、吸上げられることとなるので、これを是正しようと、苦肉の策を採らざるを得ない。大企業の場合と異り、零細企業に対しては、脱税についても、相当な考慮が払われて然るべきではないかと思料する。零細企業の活きる道を封じてしまうことは、国家にとっても損失である。被告人一成の本件所為は、右のような会社存亡の情勢判断に基くものであり、その情状極めて憫諒すべきものがある。

三、脱税の納付その他

被告会社は、脱税額と加算額等全部を既に納付済である。本件の事業年度は、狂乱物価を反映し、景気の異状上昇によって、利益を生じたが、その次の年度の石油ショック以降現在まで、不況は続いており、景気恢復のきざしもみえない。このような会社経営の困難を考慮しなければならない。雑誌文芸春秋に暴露され、新聞紙上を賑した田中金脈の問題は、税の最高責任者である、大蔵大臣、総理大臣の巨額な脱税であった。これに対して、検察庁は税法違反について不問に付し、大蔵省は僅かな収税に止めた。国家権力が強き者に対して弱く、弱き者に対して強く当ることを批判されている。本件のような零細企業の存亡を考慮してなされた脱税は、単に収税に止めて然るべきであり、追い打ちの刑事訴追は苛酷に過ぎる。一昨年の為政者による狂乱物価、昨年の為政者による、極度の緊縮政策等の政治的な過誤を考慮し、本件については寛大な処分があって然るべく、被告会社の昭和四九年度の事業経営の内容から観ても、六〇〇万円という多額の罰金を支払うことになれば、事業の破綻も免れ得ない状況である。よって会社に対しては、事情を考慮し、特に罰金については、減額又は執行猶予の恩典を与えられたく、被告一成に対しては、寛大な処罰を望むものである。

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